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-トレッドゴムブロックのせん断歪み-

しばらくカーカス構造について話したのでゴムに戻ろう。我々が最も計算できるようにしたいのはゴムのせん断弾性係数です。これは G(t) と呼ばれ、G は固体のせん断弾性率を示す一般的な機械工学用語で、時間の関数です。
幸い、私達が何度も繰り返している実験はコンタクトパッチを通過する際にどのようにトレッドゴムがせん断されるかでした。ゴムブロックのせん断は(特にせん断量がそれほど大きくないので)、固体力学の完全な数学を使用する必要はありません。幸運なことに固体力学が作る有機化学は幼稚園クラスのようなものです。代わりに、道路によってトレッドゴムに加わるせん断応力はせん断歪みの G 倍に等しいとする単純化した概念を使うことができます。未定義の言葉が溜まりました。千の言葉よりイラストですね。

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(a) ゴムブロック

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(b) せん断されるゴムブロック

せん断歪みは底面または上面の動いた距離をブロックの厚みで割ったもので実質的には角度です。ゴムブロックをせん断するには基本的に移動面に平行な力であるせん断応力が必要で、応力は面積あたりの力で示されます。もうひとつ私達の実験について単純化できるのはせん断率(せん断歪みが変化する速度)はかなり一定であるということです。せん断歪みは通常、ギリシャ文字のγ(ガンマ)、せん断応力はギリシャ文字のσ(シグマ)で表され、どちらも以下の、一定の歪み速度 dγ/dt でゴムを歪ませるのに費やされる時間の積分方程式で使われます:

                  t 
σ(t)	= dγ/dt ʃ G(t-u) du 
                  0 

これは粘弾性力学ではよく知られた方程式で、比較的単純な式に多くの情報が含まれています。G(t) と歪み速度だけを知れば、弾性変形によって時間 t 後にどれだけの力が働いてそして粘性摩擦にどれだけ失われたのかを究明できます。残念ながら現実はこれほど単純ではなく、現実には歪み速度は一定ではありませんし、コンタクトパッチではトレッドの歪みよりもっと重要な多くのことが起こっています。しかし少なくともゴムコンパウンドについて G(t) を知ることが有用であることを示す一例となります。

-時間-温度の重ね合わせの原理-

ポリマー(高分子化合物)については、G(t) を見つける理論が既にたくさんあることが分かっています。しかしカーボンブラックを加える場合については残念ながらそうではありません。G(t) はゴムが異なるタイムスケールでどのように硬くなるかを表します。ピコ秒(1兆分の1秒)といったとても短い時間スケールでは、よくある温度では、ナノ秒(10億分の1秒)まで、ゴムは硬いプラスチックのようです。ナノ秒後、しかし10マイクロ秒(10万分の1秒)に届く前に、ゴムは急激に軟らかくなり、長い時間軟らかくなりますが、その速度は数秒から数分と遅くなります。温度が低いとこれらはすべて長くなり、温度が高いと短くなります。これはポリマーの力学において、時間-温度の重ね合わせの原理として知られており、すべてのポリマーがこのように振る舞います。温度変化がポリマーの速度を変化させるのです。低い温度ではポリマー分子がより遅く、高い温度ではより速く動くためにこのようになります。この分野のほとんどの研究で、この温度の時間変化はウイリアムズ・ランデル・フェリーの式(WLF)によって記載されます。WLF変換は Tg を少し上回る温度からTg + 100度程度の温度には有効ながら、それはレーシングタイヤの温度としては不十分でした。しかし私は長い研究によってこれを幅広い温度で通用するようモデル化するよい方法を見つけ、複雑な関数 G(t) をすべての温度で使える単一の温度時間曲線へと単純化できるようにしました。 もうひとつの秘密: ゴムにカーボンブラックを加えることで、単一の曲線とはならなくなるのですが、これも研究によって対処されました。温度 T 、時間 t による関数 G(T, t) となります。ここでは昔のよしみで G(t) と呼ぶことにしましょう。G(t) は温度により異なるグリップレベルも限界を超えるときにタイヤをどう感じられるか把握するのに中心的な役割を果たします。そして V7 での改良の一部はこの作業から来ています。

-V7 カーカスモデル-

V7でのもうひとつの改良点はカーカスモデルの向上によるものです。以下ではまずV6のカーカス情報のみを説明しますが、V7 に繋がる構成要素のひとつとなります。カーカスモデルは根本的なタイヤ剛性を負荷、圧力、温度、速度から求める関数であり、コンタクトパッチがどこにどれだけあるかを決定づけます。根本的な剛性とは基本的には、コンタクトパッチがホイールリムに対して任意の方向 – 縦方向, 横方向, 垂直方向 – にどれだけ動かされたときにタイヤがどのように強いかを示し、サスペンションスプリングが単位距離あたりの移動量でラベル付けされているのと同様に、コンタクトパッチは x (縦方向), y (横方向), z (垂直方向) に異なる剛性をもつスプリングに取り付けられていると考えることができます。これらの基本的な剛性は計測することもできますが、測定値 kx, ky, kz はタイヤごとに大きく異なり、またタイヤ空気圧によってどのように変化するかも異なることを見つけています。kx は通常かなり硬いが圧力によって急にあるいはリニアに大きくはなりません。ky と kz はタイヤ空気圧による影響はよりリニアですが、大きさも同様に異なります。通常、ky はもっとも小さく、kx はもっとも大きくなります。典型的なタイヤで例を挙げると、 kx が 1インチあたり2,000ポンド、ky が 1インチあたり 800ポンド、kz は 1インチあたり1,300ポンドといったところです。これが NASCARの右サイドのタイヤでは kz が 1インチあたり 4,500ポンドにもなり、かなり硬く作られています。そして重要な 4番目の剛性、ねじり(torsion)剛性があります。それはホイールの回転によるコンタクトパッチの回転角あたりのトルクの大きさです。ねじり剛性は荷重と圧力の変化によって大きく変動します。

kx, ky, kz, そして ktorsion と見てきました。一般的にデータには予測可能性はありません。同じ形状・サイズでもタイヤが違えば全く異なる数値を持ちます。これらの剛性がどこから来るか理解することが求められます。それがV6モデルの仕事で、クロスプライラミネートと、基本的なタイヤサイズとともにタイヤカーカス仕様の表現方法をカバーしました。カーカスモデルは実際にミシュランの動画であったドラム上で構築されるのと同様に作られています。ケーシングボディのプライを構築し、ドラムからタイヤ形状に膨らませることでボディプライのコード角度を適切に変化させ、ベルトを追加して、キャップ/オーバーレイプライと、最後にトレッドゴムを重ねます。タイヤドラムでなく C++ の世界でカーカスにプライを追加すると、数式と方程式が力学へ近づくと(そして私の髪がちょっと焼け落ちると)、カーカスのトレッドベルトとサイドウォールの様々な方向の剛性仕様を決定付ける方法を得られます。これら剛性で武装して、私が長年骨を折ったたくさんの数式が基礎的な剛性への道のりを見つけることができます。コーナリング中や加減速時には、ホイールリムに固定されたコンタクトパッチがその場所に留まるわけではありませんから、こういった剛性を捉えることが重要なのです。コンタクトパッチで路面がどのようにゴムを通過するのかを正確に知るためには、トレッドベルトやコンタクトパッチがホイールリムから相対的にどのように動くのかを知る必要があります。この作業はコンタクトパッチの大きさや圧力を究明するより良い手段ともなり、タイヤの加熱と圧力による剛性のあらゆる変化を適切に解き明かすことができるようになるのです。古いV5トレッドゴムモデルではあるものの、これらの多くは既にV6に入っていて皆さんは既にこれをドライビングしています。

-タイヤの速度と変形-臨界速度を超えると壊れるタイヤ-

V7では、ここまでに言及したトレッドゴムの向上に加えて、カーカスの運動力学についての高度な処理モデルがあります。どんなタイヤも臨界速度を超えるとトレッドベルトが大きく波打ち多量の熱が発生します。臨界速度付近で長く使うとたちまちタイヤが壊れてしまう恐れがあるため、一般的にタイヤメーカーはこの臨界速度を遥かに下回る領域で使わせようとします。ドラッグレーシングだけは例外で、その最高峰 Top Fuel では走行を終えたリアタイヤで、慣性によって変形したトレッドベルトが地表に当たってホイールリムの前後にバウンスして五角形になる様子を見ることができます。タイヤがこの動きをするのが数秒間だけなのが幸いです。ドラッグレーシング以外すべての形式のレースで、こうなるような速度に近づけてはいけません。それは iRacing においても同様です。ベルトダイナミクスの方程式は回転しているタイヤベルトの形状と、そして危機的速度に近づくと起こる形状変化について、多くの情報を提供します。

タイヤの形状・速度から、転がり抵抗(タイヤが回転で浪費するエネルギー)も同様に、前に説明した第一原理でトレッド・カーカス・ホイールリムの記述から計算によって求められます。タイヤの垂直方向のダンピングもまた第一原理から計算によって求められ、そして我々が得ている現実世界のデータと合致します。加えて、速度増加によってトレットベルトの慣性がタイヤを「持ち上げる」量も計算されます。速度によるグリップの変化が重要です。空気圧の増減は臨界速度を低下させ、タイヤが所定の高速度域でどのように振る舞うかに作用します。空気圧を下げたタイヤは 40 mph のコーナーで高いグリップを発揮するかもしれませんが、ハイスピードコーナーでのハンドリングには一抹の不安が出てきます。そこには現実世界のタイヤと現実のレーストラックにあるのと同じトレードオフがあるのです。

ここまで読んだあなた、おめでとう、V7タイヤモデルについて多くを知ることができましたね。我々はこのタイヤを 6月のビルドで数台のマシンに搭載してリリースする計画です。

TLDR: (Too Long. Didn’t Read = 長文うざいという方への要約)

v7では低温から高温までラップタイムの変化がはっきりとよくなり、そこにはゴールデン・アウト・ラップ・シンドロームはもはや存在せず、そして温度によって失われるグリップと限界間際のフィーリングが向上しています。他にもたくさんの良いものがありますよ!

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